この日はあいにく朝日放送は休みで内部には入れず、内部空間は残念ながら観れませんでした。外壁の千鳥格子のスクリーンから漏れる光が内部に差し込み空間を豊かにしているのではないかと想像されます。
2017年10月09日
大阪ぶらり散歩
以前、大阪を散策中に大阪朝日放送の新社屋に立ち寄ったのですが、この建物は道路からトンネルのような大きな階段空間を上がってゆき通り抜けると屋根のない広い広場が開けていました。堂島川の水辺の空間を活かし、空に向かってひらかれた広場が周囲と緩やかに繋がり、都心の中の憩いの空間になっていました。
この日はあいにく朝日放送は休みで内部には入れず、内部空間は残念ながら観れませんでした。外壁の千鳥格子のスクリーンから漏れる光が内部に差し込み空間を豊かにしているのではないかと想像されます。
この日はあいにく朝日放送は休みで内部には入れず、内部空間は残念ながら観れませんでした。外壁の千鳥格子のスクリーンから漏れる光が内部に差し込み空間を豊かにしているのではないかと想像されます。
2015年04月08日
2015年04月06日
2015年04月02日
2014年12月05日
朝ドラ「マッサン」の山崎蒸留所
6年前に大阪へ出張した際にJR山崎駅近くのアサヒビール大山崎山荘美術館に立ち寄った事がありますが、
その時には美術館のすぐ近くにサントリーの山崎蒸留所があることに気づきませんでした。
この蒸留所は現在放映中の朝ドラ「マッサン」に出てくる実在の日本で最初のウイスキー工場だそうです。
知っていれば立ち寄っていたのですが、とても残念です。今度、機会があれば見学してみたいです。
建物にも興味がありますが、ウイスキーの試飲もできるようなのでぜひ行ってみたい施設です。
その時には美術館のすぐ近くにサントリーの山崎蒸留所があることに気づきませんでした。
この蒸留所は現在放映中の朝ドラ「マッサン」に出てくる実在の日本で最初のウイスキー工場だそうです。
知っていれば立ち寄っていたのですが、とても残念です。今度、機会があれば見学してみたいです。
建物にも興味がありますが、ウイスキーの試飲もできるようなのでぜひ行ってみたい施設です。
ラベル:サントリー山崎蒸留所
2014年08月10日
懐かしいラグビー場のトイレ
2010年10月07日
旧宇部銀行館 ヒストリア宇部
国の近代化産業遺産に認定された旧山口銀行宇部支店は宇部市民の保存運動により保存されることになり、「旧宇部銀行館 ヒストリア宇部」として先月の25日にオープンしたようです。コンサートや展示が可能なスペースがあり、カフェもありました。展示は宇部市の明治時代から大正、昭和にかけて、当時の写真や解説がしてありました。宇部市民として、宇部を見直すいい機会になりました。
旧山銀宇部支店は1939年、戦後日本を代表する建築家の一人である故村野藤吾(1891‐1984)氏によって設計されました。鉄骨2階建てで、隅を切った北西角に玄関を設けています。増築して3階建てになっていましたが、今は新築当時と同じ2階建てに戻しています。吹き抜け部分の1、2階一体の縦長窓などは当時のまま残っています。吹き抜け部分の天井のデザインに村野藤吾らしさが垣間見えます。外観は装飾を抑えたシンプルなデザインになっていますが、よく観ると所々に装飾が施してあります。
旧山銀宇部支店は1939年、戦後日本を代表する建築家の一人である故村野藤吾(1891‐1984)氏によって設計されました。鉄骨2階建てで、隅を切った北西角に玄関を設けています。増築して3階建てになっていましたが、今は新築当時と同じ2階建てに戻しています。吹き抜け部分の1、2階一体の縦長窓などは当時のまま残っています。吹き抜け部分の天井のデザインに村野藤吾らしさが垣間見えます。外観は装飾を抑えたシンプルなデザインになっていますが、よく観ると所々に装飾が施してあります。
ラベル:村野藤吾
2010年03月15日
福岡に日帰り視察
日帰りで福岡に行ってきました。
建築士会の視察研修で昨年完成した「うきは市立総合体育館」を見学してきました。
この建物の屋根架構には地場産の杉丸太を使っていました。
体育館内上部から間接光が杉丸太のトラス越しに室内に差し込んでいました。
自然の光を感じながらスポーツができる豊かな空間が広がっていました。
建築士会の視察研修で昨年完成した「うきは市立総合体育館」を見学してきました。
この建物の屋根架構には地場産の杉丸太を使っていました。
体育館内上部から間接光が杉丸太のトラス越しに室内に差し込んでいました。
自然の光を感じながらスポーツができる豊かな空間が広がっていました。
2009年12月28日
2008年12月22日
広島の世界平和記念聖堂
所用で広島に行った帰りに世界平和記念聖堂に寄ってきました。
この聖堂は原爆の犠牲になられた方々の追憶と慰霊のために、また全ての国の人々の友愛と平和のしるしとして、建築家の故村野藤吾氏の設計により1954年に建てられました。
外壁は打ち放しコンクリートの柱、梁で真壁のようにレンガがはめ込まれており、楕円形の窓にはステンドグラスがはめ込まれていました。聖堂入り口の彫刻は日本人の彫刻家によるものだそうです。16メートルの天井高を持つ聖堂内部は写真を撮ることができませんでしたが、荘厳な空間が広がっていました。クリスマスのミサが近いので賛美歌の予行演習をしていて、より荘厳な印象を受けました。
この聖堂は原爆の犠牲になられた方々の追憶と慰霊のために、また全ての国の人々の友愛と平和のしるしとして、建築家の故村野藤吾氏の設計により1954年に建てられました。
外壁は打ち放しコンクリートの柱、梁で真壁のようにレンガがはめ込まれており、楕円形の窓にはステンドグラスがはめ込まれていました。聖堂入り口の彫刻は日本人の彫刻家によるものだそうです。16メートルの天井高を持つ聖堂内部は写真を撮ることができませんでしたが、荘厳な空間が広がっていました。クリスマスのミサが近いので賛美歌の予行演習をしていて、より荘厳な印象を受けました。
ラベル:キリスト教
2008年11月08日
30数年ぶりの広島平和記念公園探訪
中学生か小学生の頃、修学旅行で広島平和記念公園を訪ねた記憶があります。あれから30数年が経ちましたが、久しぶりに訪ねてみると周りの様子が少し変わったように感じました。
国立広島原爆死没者追悼平和祈念館は原爆死没者の尊い犠牲を銘記し、追悼の意を表すとともに、永遠の平和を祈念するため、2002年8月に開館されました。この祈念館は建物のほとんどの部分を地下に埋めて、平和祈念公園全体の視線を遮らないように景観に配慮しているようです。
円形状の地下2階、平和祈念・死没者追悼空間には原爆投下後の爆心地周辺の様子を死没者数(約14万人)と同数のタイルを用いてパノラマで表現していましたが、全体がぼやけた感じであまり臨場感がありませんでした。空間全体をリアルに再現したほうが来館者に戦争の悲惨さを訴えられるのではないかと感じました。パノラマの前に林立するコンクリートの柱も展示のじゃまにならない位置に配置することができなかったのかなと残念に思いました。
円形状の平和祈念・死没者追悼空間上部の屋外には原爆投下時刻である「8時15分」を表したモニュメントがありました。この祈念館のエントランスへのアプローチ通路から見えるようになっています。
国立広島原爆死没者追悼平和祈念館は原爆死没者の尊い犠牲を銘記し、追悼の意を表すとともに、永遠の平和を祈念するため、2002年8月に開館されました。この祈念館は建物のほとんどの部分を地下に埋めて、平和祈念公園全体の視線を遮らないように景観に配慮しているようです。
円形状の地下2階、平和祈念・死没者追悼空間には原爆投下後の爆心地周辺の様子を死没者数(約14万人)と同数のタイルを用いてパノラマで表現していましたが、全体がぼやけた感じであまり臨場感がありませんでした。空間全体をリアルに再現したほうが来館者に戦争の悲惨さを訴えられるのではないかと感じました。パノラマの前に林立するコンクリートの柱も展示のじゃまにならない位置に配置することができなかったのかなと残念に思いました。
円形状の平和祈念・死没者追悼空間上部の屋外には原爆投下時刻である「8時15分」を表したモニュメントがありました。この祈念館のエントランスへのアプローチ通路から見えるようになっています。
ラベル:平和祈念館
2008年03月13日
2008年03月09日
京都の旅
仕事で大阪に出張した時の空き時間を利用して、以前から訪ねてみたいと思っていた大山崎山荘美術館に立ち寄りました。
この施設は京都のJR大山崎駅から坂道を登って、約10分くらい歩いて行った所にありました。
この建物はもともと個人の別荘として大正から昭和にかけて建てられたもので、イギリスのチューダー様式を参考にして設計されたようです。建て主はヨーロッパに遊学した経験があり、西洋文明に親しみ見聞を広めたことにより欧州の様式をまねて建設したようです。
アサヒビールが別荘を修理補修し、美術館として1996年に開館したようです。新館は本館とは対照的なコンクリート打ち放しの建物で、地下には印象派の画家の作品を展示していました。多くの安藤忠雄氏の作品に見られるように、この美術館の入り口へのアプローチ部分にはカスケードの水の音が印象的でした。
この施設は京都のJR大山崎駅から坂道を登って、約10分くらい歩いて行った所にありました。
この建物はもともと個人の別荘として大正から昭和にかけて建てられたもので、イギリスのチューダー様式を参考にして設計されたようです。建て主はヨーロッパに遊学した経験があり、西洋文明に親しみ見聞を広めたことにより欧州の様式をまねて建設したようです。
アサヒビールが別荘を修理補修し、美術館として1996年に開館したようです。新館は本館とは対照的なコンクリート打ち放しの建物で、地下には印象派の画家の作品を展示していました。多くの安藤忠雄氏の作品に見られるように、この美術館の入り口へのアプローチ部分にはカスケードの水の音が印象的でした。
ラベル:美術館
2007年06月19日
狭山池の散歩道
先日、仕事で大阪府南部に行った時の空き時間に、久々に大阪を旅することができました。
大阪府大阪狭山市の狭山池周辺を散策しました。
狭山池のほとりを散策した後、遊歩道から緩やかなスロープを下って行き、大阪府立狭山池博物館の中庭に入っていきましたが、その空間は滝の水の音しか聞こえない癒しの空間でした。滝のある中庭を通って、円形状のコンクリートの壁に囲われた空間に出ましたが、空を見上げると円で切り取られた初夏の空だけが目に入ってきました。今度は先程の水の空間と打って変わって、静寂の空間でした。空を見ながら緩やかな円形状のスロープを上がって行き、博物館の入り口にアプローチして行きました。
狭山池から博物館入り口までの数百メートルの豊かな空間が存在していました。
博物館に入っていくと、内部にはコンクリート打ち放しの大空間が広がっていました。その中に展示してあるものは、狭山池に関するものが中心になっていました。狭山池の歴史は古く、7世紀前半につくられた日本最古のため池だそうです。狭山池の明治・大正・昭和・平成の改修やダム建設などの土木事業に関する展示をしていました。周辺環境に溶け込んだ、場所の持つ記憶や歴史を感じさせる博物館です。
2007年01月19日
神戸市長田区の「紙の教会」は今
2007年01月08日
美術館を訪ねて2(静岡)
静岡市の登呂遺跡に隣接する芹沢美術館は、染色家で人間国宝の芹沢けい介氏の作品を展示した美術館です。芹沢けい介氏は染色家ですが、絵本、看板、ステンドグラスなどのデザインも手掛けています。
この美術館の設計は建築家の白井晟一氏(1905〜1983)によるものです。外壁は石を積み上げた重量感のあるもので、一部、蔦の絡まった壁になっています。屋根は銅板葺きです。内装にも石や木などの天然素材を使い、中庭には、噴水のある池を配しています。ゆったりして、落ち着いた空間になっていて、美術鑑賞が楽しめます。
建築家の白井晟一氏の設計による建物は、石を使ったものが多く、重厚で哲学的な空間を得意とする建築家です。それは白井晟一がドイツで哲学を学び、その後、建築家に転身したという経歴から来るものなのかもしれません。
この美術館の設計は建築家の白井晟一氏(1905〜1983)によるものです。外壁は石を積み上げた重量感のあるもので、一部、蔦の絡まった壁になっています。屋根は銅板葺きです。内装にも石や木などの天然素材を使い、中庭には、噴水のある池を配しています。ゆったりして、落ち着いた空間になっていて、美術鑑賞が楽しめます。
建築家の白井晟一氏の設計による建物は、石を使ったものが多く、重厚で哲学的な空間を得意とする建築家です。それは白井晟一がドイツで哲学を学び、その後、建築家に転身したという経歴から来るものなのかもしれません。
2006年12月13日
美術館を訪ねて1(伊豆)
以前訪ねた静岡県松崎町の「伊豆の長八美術館」を紹介します。この美術館は建築家の石山修氏による設計で、世界でも稀な漆喰を使った芸術作品を鑑賞できる美術館です。江戸時代から明治時代にかけて活躍した当地出身の左官職人「入江長八」についての展示を主にしていましたが、この美術館の内外装自体も現代の腕利きの左官職人による漆喰芸術になっています。天井には「花を持つ天女」が漆喰で作られています。アプローチ部分の外壁部分にも土佐漆喰による、鶴をイメージさせる彫刻が制作されています。
この美術館のすぐ脇には石山氏の友人による彫刻がありました。スペインの建築家ガウディによる設計により100年以上も造られ続けているサグラダ・ファミリア教会の工事に協力中の彫刻家、外尾悦郎氏による、植物をイメージさせるような作品です。
この美術館のすぐ脇には石山氏の友人による彫刻がありました。スペインの建築家ガウディによる設計により100年以上も造られ続けているサグラダ・ファミリア教会の工事に協力中の彫刻家、外尾悦郎氏による、植物をイメージさせるような作品です。
ラベル:美術館
2006年12月01日
環境との共生 香椎浜の「ぐりんぐりん」
博多湾東部の人工島に福岡市が建設したアイランドシティ中央公園の「ぐりんぐりん」という中核施設は建築家の伊藤豊雄氏設計による環境共生型の建物です。屋上緑化によって空調負荷が軽減され、地球にやさしい建物になっています。
遠くから見ると建物には見えず、丘が連なっているように見え、ランドスケープと一体となった風景を作り出しています。近づいていくと、そのまま散策路と連続して緩やかな勾配のついた屋根の上に上がって行ける様になっています。屋上そのものも散策路になっていて歩き回るのが楽しく、周りの植物も良く見えるようになっています。
設計者の話によると、この建物は自然界に存在する「渦や巻貝」をイメージして設計したということです。
建物内部は亜熱帯植物を中心とした展示温室になる予定で、来年の4月から体験型施設として利用可能になるそうです。
遠くから見ると建物には見えず、丘が連なっているように見え、ランドスケープと一体となった風景を作り出しています。近づいていくと、そのまま散策路と連続して緩やかな勾配のついた屋根の上に上がって行ける様になっています。屋上そのものも散策路になっていて歩き回るのが楽しく、周りの植物も良く見えるようになっています。
設計者の話によると、この建物は自然界に存在する「渦や巻貝」をイメージして設計したということです。
建物内部は亜熱帯植物を中心とした展示温室になる予定で、来年の4月から体験型施設として利用可能になるそうです。
ラベル:環境との共生